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札幌高等裁判所 昭和42年(う)254号 判決 1968年3月12日

本店所在地

北海道美唄市字美唄八〇番地

株式会社 まるせん

右代表者代表取締役

千葉語郎

本籍

北海道美唄市字美唄一二七一番地

住居

北海道苫小牧市錦町一番地

会社役員

千葉一

昭和三年八月一五日生

右の者らに対する法人税法違反被告事件について、昭和四二年一〇月二五日札幌地方裁判所が宣告した判決に対し、検察官から控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官関野昭治出席、審理の上、左のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、札幌地方検察庁検察官検事佐藤哲雄作成の控訴趣意書記載のとおり(量刑不当)であるから、これを引用する。

本件の秘匿取得および脱税の合計額は相当多数額にのぼるうえに、犯行の手段、態様も巧妙かつ計画であること、またこの種事犯は課税の適正公平という国家的法益を侵害する悪質な犯罪であることは所論指摘のとおりである。しかし、原判決も説示する、被告人千葉の性向、経歴、本件犯行の動機、犯行後の行動等記録に現われた諸般の事情を考慮し、なお、脱税額という観点からみても、原判決の量刑は同一裁判所の他の同種事犯のそれと比べやや軽きに失する感は否めないけれども、さればといつて一般の基準を著しく下まわるとも認められないことを併せ考えると、原判決の量刑が軽きに過ぎるとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 斎藤勝雄 裁判官 黒川正昭 裁判官 小林充)

控訴趣意書

法人税法違反 株式会社まるせん

同 千葉一

右被告人らに対する各頭書被告事件につき、昭和四二年一〇月二五日札幌地方裁判所が言い渡した判決に対し、検察官から申し立てた控訴の理由は、左記のとおりである。

昭和四二年一二月二一日

札幌地方検察庁

検察官検事 佐藤哲雄

札幌高等裁判所殿

原判決は、被告人株式会社まるせん(以下被告会社という)ほか一名に対する本件公訴事実と同旨の事実を認定したうえ、被告会社を罰金一五〇万円に、また、被告人千葉一を罰金三〇万円にそれぞれ処したが、この判決は、つぎの理由により量刑軽きに失し不当であつて破棄を免れないものと思料する。

本来、国民に納税義務のあることは、国家が存立する以上、必要とされるところであつて、あえて、憲法の条項をまつまでなく、国民にとつては基本的義務というべきである。しかして、日本国憲法第三〇条には、法律による納税義務が規定され、また第八四条には課税法律主義が規定されているが、その趣意は、租税がすべての国民に対し、その能力に応じて公平に課せられるべきであることを保障せんとすることにある。そしてこれらを受けて、国民の納税義務の適正かつ円滑な履行を目的とした国税通則法をはじめ、法人税など各種税法が制定されており、国民はひとしくその完全実施に重大な関心を示している。

一、本件は自然犯に類する犯罪である。

この点、他のもろもろの行政目的達成のために設けられた多種多様な行政法規に触れる行為よりは、はるかに高度な次元における犯罪行為であつて、いわゆる自然犯にも類するべきものであり、しかもその被害法益は国家財源であり、とくに本件は後記のように偽りその他不正な方法によつて法人税を免れたいわゆる実質的ほ脱犯として、各種税法違反事件中、もつとも悪質な犯罪であり課税の適正公平に重大関心を示す一般国民に対する背信行為としてその犯情軽からざるものがある。

三、つぎに本件科刑は同種脱税犯に対する科刑に比して均衡を失している。

課税公平の理念は必然的に違反に対する科刑の公平を要請する。そこで、札幌地方裁判所において、昭和四一年ならびに昭和四二年の二年間にわたり言い渡された法人税法違反事件の科刑と本件科刑を比較すると別添一覧表のとおり本件の量刑は不当に軽きに過ぎることが明らかである(各事案は本件を除きいずれも一審で確定)。

もとより財産犯や脱税犯に対する刑の量定は、被害額の多寡のみによつて一律に決められるべきものではないが、脱税犯の量刑にあたり脱税額が重要な基礎になることは直接国税犯則事犯が所得額およびこれに対する課税額を科刑の基本要素とすべきであるという特殊性が認られるかぎり当然といわなければならない。しかも本件のように犯情が他事件と比して軽い事案ではない場合においては、とくに他の同種事案との比較が重要である。

三、本件は犯情悪質な事案である。

本件脱税は三事業年度にわたつて累行されたものであり、その間の秘匿所得の合計額は、一、九七〇万余に達し、その脱税額は七三九万円余の多額にのぼるものであるのみならず、その手段態様をみると、被告会社は、専務取締役である被告人千葉一を中心にして、輪西支店は義弟である三土手貞行、奈井江支店は同様義弟である磯野紀一、小樽支店は実弟である千葉和夫がそれぞれ支店長として経営しているいわゆる同族会社であつたことから(記録第五〇七丁)親類間で通謀し他人をまじえず脱税の事実の漏洩を防ぐため十分な計画と配慮をもつて本店および各支店の日々の売上金の一部秘匿を行なうとともに(記録第五三〇丁)その方法として、売上金の記録してあるレヂテープを焼却し(記録第四三六丁)あるいは店舗、住宅購入の際、虚偽の契約書を作成し、真正な契約書は焼却するなど(記録四六一丁ないし四七五丁)の措置を購じていたのであり、犯行の手段方法は計画的でありかつ巧妙悪質である。

かかる悪質な手段によつて秘匿した所得をもつてつぎつぎと事業を拡張しているが(記録五三〇丁、五三一丁)他面、そのような事業欲を越え、被告人千葉ら個人において雪印乳業株式会社株券二万株を買い受けたり(記録四九六丁)、また、小樽市内に居宅を購入し改造するため四〇〇万円を支出したりして個人資産の蓄積をはかつている(記録四九五丁、四九六丁)事実などを考慮するならば、本件は個人の利欲につながる脱税であつたことが認められる。

四、本件には量刑上酌量すべき特段の有利な事情が認められない。

原判決は、その末尾において

「なお量刑にあたつては、被告人千葉の性行、経歴、本件犯行の動機、態様、ほ脱額などの情状に加えて、同被告人が、事件後率直に非を認め、将来違反をくり返さない態勢をととのえるとともに、被告会社が、本件に関し政府に納付すべき金額(合計約一、八六六万円)のうち、昭和四二年八月末現在、約七七五万円の納入を終え、その余についてはすべて約束手形をもつて納付を委託し、一意専心その完納に努めようとしている事実をとくに考慮した。」

旨説示しているので、この点については、とくに案ずるに、まず、およそ、刑事事件において被告人が、公判で犯罪を認めている以上、将来犯罪をくりかえさないことを誓うのが通常であり、別添一覧表に記載された法人税法違反事件の被告人らもすべて裁判所に対し再犯しないことを誓約し、またはそのような態勢をととのえたことを表明しているのであつて、このようなことがあるからといつて、ただちに被告人について有利な情状とすることはできない。

つぎに国税通則法第三五条によれば、本件のような脱税を行なつた場合には、法定期間内に更正決定された税額や、重加算税などを納付しなければならないことになつていることから被告人が、右更生決定に従つた法人税や重加算税等を納入するのは当然のことであり、この種税法違反に問われた者の大部分は結審までに完納済となるのが普通でもある。この完納を果たさず税務署等に約束手形をさし入れたというのは、強制徴収をおそれての猶予策とみるのが当を得ており、ましてこれをもつて完納意欲の表われとみるのは妥当ではない。

以上の諸点に鑑みれば原判決が罪質、手段、態様において犯情悪質な本件に対し、他の同種事案に比して著しく軽い量刑をなし、求刑をはるかに下回つて被告会社を罰金一五〇万円に、また被告人千葉一を罰金三〇万円に処したことは量刑軽きに過ぎて不当であり、破棄を免れないものと思料する。

よつて原判決を破棄し、さらに相当な裁判を求めるため、本件控訴申立におよんだ次第である。

札幌地方裁判所における昭和四一年四二年中の法人税法違反事件の量刑一覧表

<省略>

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